せっかく函館に来たのだから五稜郭を見てみたいと思い、市電に乗って朝から五稜郭へ。飛行機は12時半位なので11時過ぎまでは五稜郭にいられる。ホテルから初めての市電に乗って五稜郭方面に移動。こちらの路面電車のレーンは自動車のレーンの真ん中を走るため、自動車が右折をする場合には線路を横切ることになる。場合によっては対向車がいてすぐに右折できない時は線路を塞ぐ形で待っている車もあり、時々電車は徐行、または止まらなければならない。これは不思議な光景だった。
さて、五稜郭は歴史上、戊辰戦争最後の闘いの場所として記録されている。そして、反乱軍側の司令官が榎本武揚。彼は幕府海軍の創設メンバーでとても聡明な人だった(はず)。いろいろな背景から彼は北海道独立を目指し、官軍と戦う。日本の歴史はこのような戦いの場合、良い軍と悪い軍という色分けをして教える。しかし、歴史の本を読んでみると榎本武揚はそれほど悪い人間ではなく、戊辰戦争後は2年ほど投獄されるが、その後復権し明治政府の要職についている。彼は技術者の素養を持っていたようで、東京農大の前進の設立や電気学会の設立にも貢献したとある。
しかし、残念なことに、この五稜郭にある資料館に記載される榎本武揚の記述は反乱軍の総裁であり、戦いに負けて投降したところまでの記述しかなく。これがとても日本らしい歴史教育だと感じた。日本は一般的に教育の場で、双方の立場を考えさせるのではなく、正しいのはこちら、間違ったグループはこちらという教え方をする。明治から昭和にかけての歴史のなかで誤った道に導いた一員が薩長の軍、政府組織での弊害にあったことなど歴史の教科書では教えてくれない。これではいつまでたっても歴史から学ばない社会になってしまうのではないかと思った次第。
五稜郭を1周して歩いていたら時間が無くなり勧められたタワーに登ることはなく、函館空港に移動して無事に羽田にもどる。後はあすオレゴンに向けて戻るだけ。10日間ちょっとの出張だったか息つく間もなく最終日まで無事に終了。次はもうすこし余裕をもって帰ってきたい。
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