結局まだ帰国の予定は立たず、2日目も終わろうとしている。乗鞍に行ったメンバーに予定外に日本に滞在している旨伝えたら、横浜で焼き鳥を楽しむ会を企画してくれ、老舗の焼き鳥屋を予約してくれた。
日本に帰ってくると食べたいものが山ほどあるのだが、どうしても自分では作れない、さらにオレゴンではいい店がない料理がこの焼鳥。そう思っていたところに、この提案だったので感謝して参加させてもらった。日本酒がいろいろ選べるお店で楽しめたのだが、面白かったのはこの樽酒。樽酒は普通安いお酒にヒノキの樽の匂いをつけて出すので、格安に飲める。この店は中位のやかんにその樽酒をいれてきてテーブルでマスについでくれる。写真のように最初は表面張力をうまく使いつつギリギリに注いでくれるのが楽しい。今晩はまだ週の真ん中なのであまり深酒はせずにそれほど遅くない時間に会は終了。それでもお店の最後のお客だった気もする。さて、明日は帰れるのだろうか?
2017年5月11日木曜日
3月29日 延長1日目
本当は今日の夕方の飛行機に乗って日本をたって週末はまたスキーに行くつもりだったのにその計画がパーになってしまった。
無駄に過ごすのはもったいないので、昨日のお墓参りに続けて、今日は自分の家のお墓参りに小平まで行くことにする。小平まで行くのには西武線を使うのだが、これに最後に乗ったのがいつだか思い出せない。中高生時代(+浪人時代)はこの西武線がライフラインだったのだが、大学時代からまったくこの線には乗らなくなってしまった。霊園内の桜はまだ満開には遠く、写真のような感じ。風もまだ冷たく、霊園内の芝生は枯れた茶色。この芝生なのだが、オレゴンの芝は冬も枯れることはない。その代わりに、夏場に水が得られない芝は枯れて茶色となる。だから、日本の東京で育った私にとっては、なんだか芝生の色がオレゴンの季節では反対になる(スプリンクラーがある場所の芝はもちろん1年中青々としている)。
帰りも久しぶりに西武線に新宿までの乗って、色々観察をしながら帰ってきた。どうも、西武線のほうが京王線よりも線路とそれを囲む住居や建物とのスペースのとり方が狭い気がする。そのため社内からの風景がとても圧迫されて感じる。事故が起こるわけではないので、問題はないのだろうが乗っている時の感覚がなんとなく違う。西武線は複々線化などの計画はないのだろうか?そういう工事に備えているようには見えなかったが。
無駄に過ごすのはもったいないので、昨日のお墓参りに続けて、今日は自分の家のお墓参りに小平まで行くことにする。小平まで行くのには西武線を使うのだが、これに最後に乗ったのがいつだか思い出せない。中高生時代(+浪人時代)はこの西武線がライフラインだったのだが、大学時代からまったくこの線には乗らなくなってしまった。霊園内の桜はまだ満開には遠く、写真のような感じ。風もまだ冷たく、霊園内の芝生は枯れた茶色。この芝生なのだが、オレゴンの芝は冬も枯れることはない。その代わりに、夏場に水が得られない芝は枯れて茶色となる。だから、日本の東京で育った私にとっては、なんだか芝生の色がオレゴンの季節では反対になる(スプリンクラーがある場所の芝はもちろん1年中青々としている)。
帰りも久しぶりに西武線に新宿までの乗って、色々観察をしながら帰ってきた。どうも、西武線のほうが京王線よりも線路とそれを囲む住居や建物とのスペースのとり方が狭い気がする。そのため社内からの風景がとても圧迫されて感じる。事故が起こるわけではないので、問題はないのだろうが乗っている時の感覚がなんとなく違う。西武線は複々線化などの計画はないのだろうか?そういう工事に備えているようには見えなかったが。
3月28日 お墓参り
昨年の5月に身近な知人の先生がなくなった。回復困難な病気と戦っているのは周りの仲間はみんな分かっていたが、残念ながら突然無くなってしまった。本人も予想はしていなかったものだと思う。残念ながらお葬式に参列することができず(実は荼毘に付されたお骨には挨拶はできたのだが)、ほぼ1年が経つ時期でもあったので時間が有るからお墓参りにでもということで知人数名で初めてのお墓参りに行かせてもらった。場所は千葉県の柏市。いまは常磐線の電車が横浜方面ともつながっておりそのまま乗り換え無しで柏の駅まで乗っていくことができた。駅から歩いてお墓までは地図を見るとすぐに歩ける距離とわかったので徒歩でお墓へ。お墓にお供えの花でもと花屋をさがすがそれが見つからない。結局お墓の有るお寺の近くを探すが見つからず、駅の反対の花屋まで買いに行ってもらいなんとか仏花を入手。結構大きなお寺でとても綺麗に墓地は整備されており、無事に簡単に掃除をしてお水をかえ、お花を備えてお墓参りは終了。
出張の予定は本当は今日までだったが、ちょっとした予想違いがあり数日滞在を伸ばさなければならない事になってしまった。
出張の予定は本当は今日までだったが、ちょっとした予想違いがあり数日滞在を伸ばさなければならない事になってしまった。
3月27日 東京の夕暮れ
東京での久しぶりの夕暮れ。それもオフィスから。オフィスはお堀に面しており、二重橋から桜田門方向を望むような位置にある。左の写真はその水に映る木々と遠くに見える夕焼け。よく見ると桜田門の警視庁の建物とその上の電波塔がしっかり写っている。丁度春分を過ぎて数日なので6時位でもすこし明るさが残る時間帯となってきた。この夕焼けの時間が終わると日比谷から東京駅にかけては夜の照明にあっという間にかわり、街の面影はオフィス街から別の夜の街に変わる。このオフィスにいたときも時々この景色は貴重だと思っていたが、久しぶりにここから夕焼けを見るとその価値を再認識。二重橋というといつも玉音放送を聞く人々の写真を思い出すのだが、このあたりは戦争が終わってからの多くの歴史がGHQなどそこここに残っている。狭くてぎゅうぎゅう詰めな東京の街の中でこの日比谷の一角だけはなにか少し違う気がするのわ気のせいだろうか。
3月26日 七賢
乗鞍の定宿での朝食をゆっくり仲間と楽しみ、撤収準備。今日も少し雪に埋まった森の中を歩き回ってから乗鞍を出発。今日は天気が下り坂。松本に降りてきた頃から空は雲に覆われ雨が振りそうな空模様になってきた。今日の行き先は白州にある酒蔵の七賢に。七賢は日本にいたころ、毎年田植え、稲刈りに参加し酒作り体験をしてきた酒蔵。ここも乗鞍同様3年ぶりに訪れることになる。雨模様の午後に酒蔵についてみるとほとんどお客さんは居らず、試飲を少しさせてもらったところで、折角なので蔵を見せてもらうことにする。実は蔵に数回入ったことはあったのだが、洗米から発酵まですべての行程を見せてもらったのは今回が初めて。とてもいい経験ができ、どこに工夫と苦労があるのかをいろいろと聞くことができた。昼食は、この見学の前に蔵に併設されている地元の食材を出してくれるレストランで日本酒とともに楽しみメンバーみんな大満足の後白州をあとにした。渋滞をうまく避けることができ、八高線の駅まで送ってもらいそこで解散となった。とても充実した二日間だった。大満足。
2017年5月10日水曜日
3月25日 乗鞍へ
今回の出張は、土日を挟むことになるので、この週末をどう使うかがとても重要な事前課題だった。最終的に選んだのは、知人たちとスキーでよく通った乗鞍高原。理由は温泉に入りたかったから。今年の日本は、オレゴンと一緒で寒かったようで、雪も多く残っており(シーズンの最初の雪はかなり少なかったようだが)善五郎の滝がこのようにまだ綺麗に凍っていた。スキーもできたのだが、あえて雪山を歩ける用意をしていき、数時間のスノーハイキングを楽しむことができた。幸いなことに、スノーシューを必要とするほどの雪はないが、充分な積雪があり天気のいい中充分な散策ができた。地図を持たずに歩いたので、あまり奥に入れなかったが、次回は地図を持ってこよう。3年ぶりの乗鞍は殆ど変わっておらず、美味しい蕎麦に日本酒を堪能。
3月24日 皇居一周
たぶん人生で初めて都内に仕事で宿泊。そのチャンスを使って皇居一周を仕事の前に走ってみた。距離は4kくらいなのであっという間に終わるだろうと舐めてかかったら、実際はホテルまでの行き帰りを含め6km強。記録ではそれを34分で走って帰ってきた。日比谷公園近くから走り出し、反時計回りに内堀を一周するコース。日比谷、大手町はほぼ平地なので問題なし。大手町から徐々に上りになって竹橋に至る。そこからずっと上りが続きなんと最高裁判所くらいまで上りが続く。下調べをしないのが悪いのだが、いまさらながら半周上り、半周は下りのコースだということに走りながら気づく。最高裁判所から桜田門、日比谷と下りであっという間に走り抜けて一周は終了。6時ちょうどくらいに走り始めたので、近所に住んでいる人くらいしか走っておらず、すれ違ったのは数名程度。噂では仕事帰りに走って変える人が増えているようで夕方は走りづらくなるくらい人が多いらしい。早朝なら車も少ないので排気ガスはそれほど気にならないが、どうなんだろ、これは良いコースなんだろうか。。。桜が咲けばきれいなのかもしれないが、まだもう少し時間が必要なようだ。
2017年5月9日火曜日
3月23日 Drone
最近仕事でこの4つのプロペラをもつドローンと呼ばれるものを扱うようになった。コンピュータの小型軽量化によって、いままで4つの羽を遠隔で制御することが難しかったのが、センサーやコンピュータを搭載することで、細かい制御はドローン自体にやらせて、地上からは進みたい方向や動作だけを支持すれば済むようになった。その結果、地上のパイロットの仕事量や飛行に必要な知識は劇的に軽減され、自動操縦や複雑な動作を容易に行えるようになってきた。急速に発達している分野のため、今後の発展が期待される分野であり、場合によっては日本から世界に通用する技術も出てくるのではないかと期待している。ちなみにこの写真のドローンは500機を一人のパイロットが自動で操縦できるものが初めて日本に持ち込まれたもの。
3月22日 桜開花線宣言
東京はもう暖かいものと期待して帰ったのだが、昨日の雨といい、まだまだ肌寒く桜がまだ咲いていなかった。桜の開花宣言の定義は、大手町の気象庁の基準となる桜で花がいくつ咲いたらというものだったと思うが、一応この日に開花宣言がでたようだ。この写真は霞が関の外務省に打ち合わせにいったついでに一番咲いていそうな木をとったのだがこの程度。まだお花見には程遠い。この木は他よりもすこし花が多い感じなので、いつもよりも東京の春は1-2週間遅い感じなのではなかろうか。私がいる間に満開になるのだろうか?
3月21日 東大安田講堂
東京で最初の1日は都内で幾つかの仕事をこなす。
たまたま、そのうちの一つが東大の知人の先生とあって色々と情報交換をする時間だった。そこでたまたま教えてもらったのが、以前少し接点のあった先生が今年度で退官され、その最終講義が今日あるとのこと。事前の受付はすでに終わって千人を超える来場者がいるのたが、「大丈夫来てください」、とのお言葉に甘えて、夕方に再度東大へ。今日は雨が降ったりやんだりの天気でどんよりした空模様。
東大の中にはいろいろな大きな講堂があるのだが、この安田講堂は東大の本郷キャンパスのシンボル。私の年代は、学生運動で破壊されそのまましばらく放置されていた講堂として記憶にあるのだが、しばらく前に(10年以上すでに立っているが)綺麗に回収されて学内の共有の場所として活用されている模様だ。私にとってここに入るのは初めての経験。中は綺麗に装飾がされて、さすが東大のシンボルとなる講堂という感じ。国立大学のよくある疲れた建物ではなく、ここにはちゃんと費用がかけられて恥ずかしくない場所になっていることがよくわかった。会場では何人かの知人にも偶然あうことができ、非常に興味深い最終講義を聞くチャンスに加えて一石二鳥の1日目となった。
たまたま、そのうちの一つが東大の知人の先生とあって色々と情報交換をする時間だった。そこでたまたま教えてもらったのが、以前少し接点のあった先生が今年度で退官され、その最終講義が今日あるとのこと。事前の受付はすでに終わって千人を超える来場者がいるのたが、「大丈夫来てください」、とのお言葉に甘えて、夕方に再度東大へ。今日は雨が降ったりやんだりの天気でどんよりした空模様。
東大の中にはいろいろな大きな講堂があるのだが、この安田講堂は東大の本郷キャンパスのシンボル。私の年代は、学生運動で破壊されそのまましばらく放置されていた講堂として記憶にあるのだが、しばらく前に(10年以上すでに立っているが)綺麗に回収されて学内の共有の場所として活用されている模様だ。私にとってここに入るのは初めての経験。中は綺麗に装飾がされて、さすが東大のシンボルとなる講堂という感じ。国立大学のよくある疲れた建物ではなく、ここにはちゃんと費用がかけられて恥ずかしくない場所になっていることがよくわかった。会場では何人かの知人にも偶然あうことができ、非常に興味深い最終講義を聞くチャンスに加えて一石二鳥の1日目となった。
3月19日−20日 日本へ
ちょっとした仕事が降ってきたことから2週間ほど日本へ出張へ。航空券の一番安いルートがカナダのバンクーバー経由のため、今回もそこを経由して日本に向かう。日本は花粉の時期なのでこの時期に変えるのは無謀な気がするが、体がどう反応するかみてみよう。日曜に出発するのだが、日付変更線を超えるため到着は20日月曜日の夕方。ほぼ丸々2日を移動で失う計算となる。そのうちに1日は、戻ることで取り返せるのだが、長い移動は無駄な時間に感じるようになってしまった。でも変えればこちらでは会えない人々に会えたり、食べ物を食べられたりするので有効に時間を活用せねば。飛行機の出発は遅れたが特段異常なく夜には横浜の実家に到着。もしかして、東京のほうが寒いのではないか?
3月18日 日本人学校卒業式
登録:
投稿 (Atom)