卒業式が終わり、娘は今日から夏休み。さて困ったのは、今まで卒業のためギリギリまでレポートやらに追われていてこれからの予定を全く立てていない。ぼーっとしているとあっという間に9月になるので、ちゃんと計画を立てよとの指示を出すがピンときていない。さて困った。
先週に表彰の話を書いたが、表彰されていない生徒はメダルがないので首の周りが寂しいのではないかと、ちょっと心配していたが無駄な心配だった。全員、卒業のメダルがもらえるので壇上に上がるときには写真のリボンにぶら下がったメダルがかかっている。表彰される生徒はそれに加えて他のメダルやリボンがつくので知っている人しか気づかないのかもしれない。
ちなみに、この卒業証書、中身はまだできておらずカバーだけが当日壇上で手渡された。日本のように読み上げることもなく、名前が順番に呼ばれ、校長先生、その他数名の壇上にいた先生と握手をして終わり。いたってシンプル。握手の仕方もそれぞれ個性があり、あっさりしている子もいれば、謝意を伝えているのがわかる生徒もいる。このあたりも多様な文化の差が見える一面かもしれない。
2016年6月29日水曜日
6月8日 卒業式
今日はなんと高校の卒業式。2年間在籍させてもらえた高校を無事に今日で卒業。まだ最終成績書は出ていないが名前は呼ばれたので大丈夫でしょう。アメリカの高校の卒業式を初めて見たが、全員揃いのガウンと角帽をかぶっての正装。式次第は、日本のような硬いものではなく、生徒代表が全体を仕切る形態だがしっかりと必要なところは締めているのでだらける感覚はない。家族が多く参列するので、高校の講堂では入りきらないので、近くの大学の体育館を借りての実施。この週は、この学区の高校は貸し切っており毎晩(家族が参加するために式は夜に行われる)、順番に学区の高校が卒業式を行う。終了はだいたい9時を過ぎた頃だったが、まだ空は明るく、生徒たちは嬉しそうな顔で会場から出てきていた。卒業おめでとう!
6月7日 徐々に差は縮まってきたが
今日はこの地域で今年一番強いと言われるチームとの対戦。私は試合の最後をちょっとだけ見ることができたのだが、どうもサヨナラ負けをした模様。前回はボロ負けだったので、少しは進歩しているが今一歩の模様。コーチ陣も頑張っているのだが、何せ練習が試合の時間の20%くらいしかないため、試合で技術を上げていくしかない。これがこちらの野球の難しいところ。練習時間が十分取れるチームならいいのかもしれないが、多分どこも同じようなものなのだと思う。私立は違うかもしれないけど。ま、でも打てた選手は晴れた顔をしていたので次につないでいこう。
6月6日 ドーナッツ
日本でポートランドが最近話題になっているようで、イベントがあったり雑誌の記事になったりと。その中の一つにドーナッツの話題がある。ポートランドには幾つかのドーナッツ屋があるのだが、そのメジャーなに店舗がどうも東京に店を出すらしい。一店舗はすでに出店済みかもしれない。どちらもオーガニック、地元産の材料を使うことをうたっているのだがカラーは全く違う。方やビビッドな色や味使いに対して、もう一方の店は見た目はおとなしい。その後者に昨日夜チャンスがあり、息子と選んだのが写真の6個。Blue Star Doughnt、もし東京で見かけたら試してみてください。
6月5日 イチゴ狩り
ポートランド周辺は果物の産地でもある。今の時期はちょうどイチゴ。これからブルーベリー、ラズベリーとベリー系が夏に向けて収穫の時期となる。あとチェリーも。広大な畑を公開して自分で好きなものを収穫できる畑がそこここに点在している。今日は、イチゴの時期を逃すなとのことで、家族全員総出でイチゴ狩り。このイチゴはそのまま食べるよりも多くはジャムとなり瓶に詰めて来年まで徐々に利用する。写真を見ればわかる通り、日陰なんてないので朝一番で出かけて気温が上がる前に収穫。そしてお昼前にはさっさと撤収。イチゴの収穫は十分にできたが、他のベリー系がまだだったので、それらはひと月後くらいに出直しとなる。
6月4日 runningコース変更
引っ越してきてから家の周りで走れるコースを探していたのだが、しばらくはこのコースで行ってみようと思えるものにやっと辿り着けた。車と一緒に走るのは嫌なので出来るだけ車のいないところを思い、以前は5kmのコースの半分は緑道という周回路を決めて走っていた。今回はそのような緑道がなかったので色々とループを作れるコースを探して見つけたのが、40年ほど前に作られた住宅街を一周する外周道路。40年前なので道幅も非常に広く取っていて、さらに住宅地内なので車もそれほど通らずスピードも出さない。これを一周して家に帰ると大体4km弱。ちょっと物足りないのでおまけをつけるとこの写真のように5.2km。しばらくはこのコースを走ってみることにしてみよう。
6月3日 30度を突破
空気が動かない状態で直射日光にさらされると簡単に気温が上がり30度を超えてしまう。特に日向に置いた自動車はすぐに熱くなる。空気が少しでも動いてくれると随分違うのだが、アスファルトの上、特に駐車場は照り返しがきつい。少し車で走って緑の多い地域に来れば1−2度はすぐに下がってくれる。車には一番厳しい時期到来だ。7月の末までが一番太陽からの光線が強い時期なのでそこまでの我慢。7月も半ばを過ぎるとなんとなく涼しくなるような気もするのだが、、、、
6月2日 Senior Awards Night
高校の卒業シーズンを前に、4年間の高校生活での成果を学校の内外から表彰される生徒「だけ」を集めての表彰式があった。いわゆる成績優秀者、課外活動での貢献者、奨学金獲得者など表彰は多岐にわたり2時間以上、賞の意味や歴史などを説明しながら生徒がその賞を受け取る。ここでもらったメダルは卒業式に着用することが許されるので、メダルやリボンをもらう生徒場合によっては複数それを着用して卒業式に参加できる。こうのような表彰システムは日本ではあまりなく、成績優秀者も低空飛行でギリギリの生徒も見た目は同じ生徒で出て行くことになるが、アメリカではそれは盛大に表彰される。文武両道の生徒もたくさんおり(多分限られた時間の使い方がうまいのだと思う)、スポーツで州代表に選ばれるような成績をとりながらも、学業も優秀で両方で表彰される生徒もいた。奨学金の表彰の最初は、陸軍士官学校など国に仕える学校に給与をもらいながら進む生徒が最初。これはかなりの難関で、今年はコロラドにある空軍の士官学校に一人だけ女性が行くことになった。昨年はフットボールをやっている生徒が陸軍と海軍に一人づつ受け入れられていた気がする。この会があると卒業式が間近になった実感がやっと湧いてくる。本番は来週となる。
2016年6月14日火曜日
6月1日 夏到来
6月となり日差しが刺すような一年で一番きつい時期となった。日本はこの時期梅雨で直射日光を浴びるチャンスは少ないが、夏至を挟む前後が一番太陽の仰角が高くなる、すなわち太陽からの光線をまともに受けることになる。こちらは晴れれば遮る雲もなく、さらに湿気もないので非常に強い太陽が照射される。夜にちゃんと気温が下がってくれるので、その時の空気を屋内に蓄えておくと夕方までなんとかその空気を保つことができるのがこちらの気候。気温が一番高くなるのは、だいたい日暮れ前で5時前後。この時間さえ乗り切れば涼しくなってくれる。なぜ日本の家ではこのように過ごせなかったのだろう。やはり熱帯夜(気温が25度を下回らない)が続くからなのだろうか。こちらもエアコンをつけているうちは多いが(使っている人からすれば、エアコンなしの生活はもう考えられないらしい)、なければないでなんとか乗りきれてしまいそうな気がしている。
5月31日 久ぶりの勝利
本日は少し遠いところまで(と言っても30km弱離れた高校)まで試合に遠征。いつもであれば30分程度で着くのだが、夕方の通勤ラッシュのため1時間ほどかかってしまう。この高校はひと月ほど前にトーナメントで土日を過ごした高校。その高校所族のチームとの対戦。こちらのピッチャーの調子が良かったのと、向こうのミスもあり途中でかなりのリードを取ることができもしや?とみんなが思い始めると大抵そうはいかないのだが、なんと今回は久々にリードをギリギリ守りきって、いつ以来か記憶にないくらいの勝利。徐々に守備も固くなりミスが減ってきたことも聴いているのかもしれない。クラブの雰囲気もこれで少し上を向いてくれるとこの先後半戦が楽しめるのだろう。それにしても長いトンネルだった。
5月30日 ジャスミンの香り
私は今回の引っ越しまでジャスミンがどんな植物でどのように生体なのかを全く知らなかった。家の裏庭に通るたびにいい匂いのする植物があるので、家内に聞いてみたらこれがジャスミンだと教えてもらった。私の知るジャスミンはお茶に入っている香りだけなので結構な驚き。花を摘んで乾かし、お茶に配合すればあのようなお茶ができるのだろうか。つる植物の系統のようで、写真のゲートを覆い尽くし人が通るスペースをなくしかねない勢いで伸びている。
ちなみに、この後ろに写っている巨大な木がOakの木で秋には大量の葉っぱを撒き散らしてくれるであろう、この地域の一般的な大木。しかし、この木のおかげで大きな影ができるので多分夏は涼しい風を作ってくれるのではないかと期待している。
ちなみに、この後ろに写っている巨大な木がOakの木で秋には大量の葉っぱを撒き散らしてくれるであろう、この地域の一般的な大木。しかし、この木のおかげで大きな影ができるので多分夏は涼しい風を作ってくれるのではないかと期待している。
5月29日 やっと日曜日
土曜日に日本人学校があるため、日曜日だけが、家族全員の休日となる。引っ越しをして初めての日曜日。もちろんみんなそれぞれの荷物を片付けたり、色々とやることは山積みでこの日も忙しく過ごしたのだが、少しだけは夕方からゆっくりすることができた。幸いなことに、野球の試合が今週末は入っていなかったので夜は大人も送り迎えなどの役目なく休みモードに。
もしかすると、今回の引っ越しの利点は、高校が近くなったために、子供達は歩き、または自転車で学校まで行くことができるため、野球の練習も自転車で行けるようになった。さらに、ボーイスカウトも。これでアメリカの保護者の一番大変な役割の子供の送り迎えを少し減らすことができるのかもしれない。
もしかすると、今回の引っ越しの利点は、高校が近くなったために、子供達は歩き、または自転車で学校まで行くことができるため、野球の練習も自転車で行けるようになった。さらに、ボーイスカウトも。これでアメリカの保護者の一番大変な役割の子供の送り迎えを少し減らすことができるのかもしれない。
5月28日 家で焚き火
5月27日 新しい環境
過去2年いた場所は、中学校とその前を通る比較的交通量の多い(と言っても田舎なのでたかが知れている)場所だった。一方、新しい場所は、そこから街に向かって丘を下ったところなのだが、ほんのすこし道路から離れていることと、向かいの土地が開けており大きな木に遮られ向かいの家はほとんど見えない場所。そのためか、低い場所に移ってきたのになんとなく涼しく感じられ、予想に反して快適に今の所過ごせている。古い家で、エアコンがなくても過ごせた時期の家のため、冷房がないのですこし心配なのだがこれなら乗り越えられるかもしれない。単なる希望的観測だが。。。
5月26日 ダンボールに囲まれて
昨日の引っ越しは日本で想像されるものとはちょっと異なり、引っ越し屋には最低限のことしかしてもらわずに、多くを自分たちでやることにした。その結果、運べるものの多くは自分で運び、ダンボールなどの多くはガレージに山積みにしたり1Fのリビングに置いた。さらに、ご存知の通りこちらの人々は家に上がる時に靴を普通脱がない(私の知る多くの家庭では脱いで上がるが。。。)。そのため、引越屋の人々も靴は脱がない。フルサービスを頼んでいれば靴を家の中で履かないまたはカバーをつけることを依頼できるが、コスト圧縮のためフルサービスにしていないのでそれを依頼しなかった。その結果、リビングにブルーシートを敷いてその上に荷物を運びいれてもらった。そんなわけで、リビングは未だに大型家具や重めのものがまだ残っており、徐々に息子と必要な場所に移動している状況が続いている。さらに、日本の通常なら学校の休みの時期に引っ越しをするのが普通なのだが、楽器の真っ只中で引っ越しをしたため、子供達は引っ越しをした次の日から通常の生活が続いている。そんなわけで、夕方には家の片付けは一区切り付けてまたもや野球。早く落ち着けるといいのだが。
2016年6月6日月曜日
5月25日 引っ越し!
とうとうこの日が気た。アメリカの移って最初の一月は私はホテル暮らし、そしてアパートに家族で一月、その後いまの家に2年弱。借家生活も飽きたところで、近所に家を探し始めたのが12月くらいから。その間見に行った家は数知れず。なんとか3月の末に行き先が決まり、いろいろ手直しやら手続きでここまでかかったが、やっと新たな場所に移動すことになった。新しい場所は、娘の通っていた高校の近く。これで息子の野球の練習を高校のグラウンドでするときは歩いて高校まで行ける。娘も卒業までは歩きで高校にいけるので好都合。引っ越しは日本のように業者に任せる方法もあるが、こちらは自分でトラックを借りて行う人達もいる。私たちは、知人の経験から大きな家具だけを地元のヤマト運輸経由地元の運送魚者に依頼して、小物は自分たちで運ぶことに。これでかなりコストを抑えることができる。そんなわけで、車に満載した荷物が上の写真。移動する距離も車で5分程度なのでなんどもこのように荷物を積んで行ったり来たり。その御蔭で、貴重品や壊れ物などもあまり心配なく自分で動かすことが出来た。息子は学校がすこし遠くなることになるが(実は学区外になってしまうが一月くらいなのでそのまま卒業までいさせてもらう)、自転車で通学するつもりらしい。新しい場所は静かな森に面した家なので今の場所よりもかなり静かになることが期待できる。
5月24日 初登板
本日も野球の試合。いつものグラウンドに試合終了間際に行くと息子はグラウンドにいない。またベンチで順番待ちかとおもったらどうも似たしぐさをする選手がピッチャーマウンドにいる。こちらの野球は11−12人で1チームを作り、バッティングは全員順番に、守備は所々で入れ替えながら全員が出られるような仕組み。日本のようにうまい順に試合に出るということはない。なので、全員出さなければいけないので誰かしらがベンチで守備の間はまちになる。さて、マウンドの選手はどうみても息子。一応4人ほどに投げて交代となったが、後で聞いたらコーチが負けの試合だったのでどれくらい投げられるか見たいので投げてみろということでいつもはファーストなのだが今回人生初のマウンドに立った模様。仲の良い友達がピッチャーなので時々変化球の練習などをしていたので、それなりに投げられるので練習をすればすこしは役に立つのかも?
2016年6月2日木曜日
5月23日 新たな一週間の始まり
休んだか休んでいないかわからない状態で週末が終わってしまい、そのまま月曜日が始まる。子どもたちは学期末で夏休みの予定などが徐々に入り始めている。
ちなみにこちらに帰ってきて驚いたのが気候の変化。行く前はもう夏だ!という天気だったのが一気に春先に戻って気温は上がっても16度とかで肌寒い。暑いのも困るがもうすこし暖かくなっても良いのではないか?
今晩は、野球がないため久しぶりに息子はボーイスカウトの活動に出席。いつも活動をしている教会の隣にある広大なグラウンドをつかって陣取りゲームが今晩の最後のプログラム。日本だとしっぽ取りなどバリエーションの有るゲームで、こちらは相手陣地でタッチをされたらその場で動けなくなるルール。その状況で、相手の陣地にある宝物(今回は誰かのトレーナー)を自分の陣地まで持ち帰れば勝つというルール。日本に比べてゲームをするスペースが広いので、体力のある上級生が走り回るのだが、それを年少のスカウトもタッチをして結構善戦。子どもたちにとっても楽しいのだろう、大幅に予定の時間をオーバーして今日の活動は終了。
ちなみにこちらに帰ってきて驚いたのが気候の変化。行く前はもう夏だ!という天気だったのが一気に春先に戻って気温は上がっても16度とかで肌寒い。暑いのも困るがもうすこし暖かくなっても良いのではないか?
今晩は、野球がないため久しぶりに息子はボーイスカウトの活動に出席。いつも活動をしている教会の隣にある広大なグラウンドをつかって陣取りゲームが今晩の最後のプログラム。日本だとしっぽ取りなどバリエーションの有るゲームで、こちらは相手陣地でタッチをされたらその場で動けなくなるルール。その状況で、相手の陣地にある宝物(今回は誰かのトレーナー)を自分の陣地まで持ち帰れば勝つというルール。日本に比べてゲームをするスペースが広いので、体力のある上級生が走り回るのだが、それを年少のスカウトもタッチをして結構善戦。子どもたちにとっても楽しいのだろう、大幅に予定の時間をオーバーして今日の活動は終了。
5月22日 時差ボケが抜けない
飛行機で移動をするとある程度以上東西方向に移動をすると時差によって体の体内時計とその地域の時間に差ができて苦労をする。通常、飛行機で西に向かう場合はそれほどきつくなく、東に移動すると影響が大きいと言われる。たぶん、西に移動をするとその日が結果的に長くなるので体も睡眠で差を補えるのではなかろうか。逆に東に飛ぶと太陽の日周による24時間よりも短い時間で1日を過ごすことになりそれが体が時間を調整することを難しくしているように感じている。今回の出張はオレゴンからまず香港だった。香港はそれなりに大事な仕事で気を抜く時間もなかったため、午後に眠くなるなどの問題はなかった。日本でも同様ですこし朝早く目が覚める程度で問題はなかったのだが、こちらに帰ってきたからが良くない。特に午後に強烈な眠気に襲われ車の運転がままならないほど睡魔が襲ってくる。寝れば良いのだろうが、寝てしまうと今度は夜に眠れない。家に帰ってきてからこんなことになろうとは。昨日の日本人学校の送り迎えの車の運転が特にきつかった。
5月21日 今回持って帰らなければならなかったもの
昨日のタイトルに似たような題だが、今日は本来ならなくても良かったはずのものを持ち帰らなくなったので、それについて書く。
香港にいる時期だったと思うが、ポートランドの息子から連絡があり、学校でボールで遊んでいたら顔にボールがあたり怪我をして、メガネも壊れたとのこと。彼のメガネの初代はアメリカで作って1年を待たずに紛失。日本で作ったほうが安いからという理由で昨年の夏に帰国した際に作ったのがこの割れてしまったメガネ。日本は、アメリカのように処方箋がメガネを作るときに必要ないので、同じ仕様で良ければすぐに作ってもらえる。そこで、昨年の初回の診察の記録だけメールで送れと依頼をしたところ、オンラインでオーダーをして横浜の実家に送ったのでそれをポートランドまで運んでくれとのこと。ポートランドに戻り見せてくれたのがこの写真のメガネで曲がってしまったものをなんとか修正をしわれたレンズも無理やりつけて1週間ほど使っていた模様。勉強は動かないから良いが、野球では苦労をしたみたいだ。これからは大事に使ってもらいたいものだ。
香港にいる時期だったと思うが、ポートランドの息子から連絡があり、学校でボールで遊んでいたら顔にボールがあたり怪我をして、メガネも壊れたとのこと。彼のメガネの初代はアメリカで作って1年を待たずに紛失。日本で作ったほうが安いからという理由で昨年の夏に帰国した際に作ったのがこの割れてしまったメガネ。日本は、アメリカのように処方箋がメガネを作るときに必要ないので、同じ仕様で良ければすぐに作ってもらえる。そこで、昨年の初回の診察の記録だけメールで送れと依頼をしたところ、オンラインでオーダーをして横浜の実家に送ったのでそれをポートランドまで運んでくれとのこと。ポートランドに戻り見せてくれたのがこの写真のメガネで曲がってしまったものをなんとか修正をしわれたレンズも無理やりつけて1週間ほど使っていた模様。勉強は動かないから良いが、野球では苦労をしたみたいだ。これからは大事に使ってもらいたいものだ。
5月20日 今回の出張で手に入れたもの
一番上のコッフェル(山用の炊事鍋)は、チタン製の特性カップヌードル向けのもの。数年前に個数限定で出回ったものの再販が行われた時に知人が買っておいてくれた。これはありがたい。底が狭いので熱効率は良くないかもしれないが、使ってみよう。そのために、カップヌードルのリフィル用(外側の包装なしのカップヌードル)を購入して持ち帰ってきた。
Tシャツと左の上に見えるのがカバンにつけるタグ。これは、前職の会社に挨拶に行った際にもらったもの。ちょうど5月の初めてに打ち上げが成功した衛星の記念品。私が関わったのがJ-10なのでJシリーズの数字は増えていないが確実に扱う衛星の数は増えているようで毎年打ち上げをしている模様。このJ-14は2001年に作っていた私がLos Angelesで関わっていたBoeing製衛星の後継機。2001年は大きな変化のあった年で、今でも覚えているのは9月10日にLAに入り11日から工場での試験だったのだが、11日の朝にあの事件があり世界が変わってしまった。ということは、あの衛星は14年(2002年打ち上げ)ほども軌道上で役割を果たしていることになる。すばらしい!
Tシャツと左の上に見えるのがカバンにつけるタグ。これは、前職の会社に挨拶に行った際にもらったもの。ちょうど5月の初めてに打ち上げが成功した衛星の記念品。私が関わったのがJ-10なのでJシリーズの数字は増えていないが確実に扱う衛星の数は増えているようで毎年打ち上げをしている模様。このJ-14は2001年に作っていた私がLos Angelesで関わっていたBoeing製衛星の後継機。2001年は大きな変化のあった年で、今でも覚えているのは9月10日にLAに入り11日から工場での試験だったのだが、11日の朝にあの事件があり世界が変わってしまった。ということは、あの衛星は14年(2002年打ち上げ)ほども軌道上で役割を果たしていることになる。すばらしい!
5月19日 帰国
1週間弱の滞在の日本ので予定も全てこなし、一応体調も崩さずに帰国の途に。日本は徐々に蒸し暑くなってきている中、この日は気持ちよく晴れ渡り成田の空も写真のような高層の雲がある5月の典型的な晴天。オレゴンは出国の時期は日中30度に達するくらい暑かったがどうなっているのだろうか。それにしても毎度の慌ただしい出張だった。仕事なので仕方ないが、気を休めるまもなくあっという間に10日位が立ってしまった。もうすこしゆっくりできると良いのだが。
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